大地を耕し、実りを待ち、恵みを受け取る。
数千年にわたって受け継がれてきたいのちの営みの原点。
今日も土に育つ作物たちは芽を出したその場で、精いっぱいに生き次の世代にいのちをつないでいる。
一つひとつの積み重ねが収穫という成果になったときの喜び。
楽な仕事ではないからこそ、その喜びが何ものにも代えがたいやりがいとなって、土と生きる人たちはまた畑へと向かう。
日々、土と向き合い、作物を生み出す農業を将来の職の選択肢として考える人たちが増えている。
農を選び、土と生きるということ。
〝原点〟を仕事にしようとしている人たちに向けて備後圏域のいま、そしてこれからの農業のリアルに光を当てる。
チャレンジする人、受け継ぐ人、次のステージを志す人。
人の数だけ、作物の数だけある、やりがいや喜び、こだわりや厳しさ。
農業人だからこそ抱く、それぞれの思いを聞いた。
好きな農業で生活する
豊かさを実感。
子どもたちのために
地域を元気にしたい。
広島県世羅町
キャベツ・ブロッコリー・サラダ春菊
東 祐樹さん・多美子さん
飲食業界から農業に転職した東祐樹さん(38)、多美子さん(37)夫婦。農業法人で学んだキャベツとブロッコリーの栽培法を農業の町・世羅町で実践し、若手農業人の旗頭として頑張る思いを祐樹さんに聞いた。
農業法人で学んだ農法を
耕作放棄地を借りて実践
東祐樹さん:広島市内の高校を卒業後、福岡県の大学に進学。卒業してすぐに結婚し、夫婦で別々の飲食業の会社に勤めました。4年後、私が働く会社が名古屋へ移転することになり、2人で転居。飲食業に携わるなかで、将来は自分たちが育てた野菜を提供できる料理店を開きたいと夫婦で思うようになりました。名古屋で生活を始めて3年が経った頃、全国有数の野菜の産地である愛知県田原市の農業法人に夫婦で入社。キャベツやブロッコリーを主体に、栽培のコツを学びました。
それから4年半が経過した頃、料理店を開く夢は夢として、このままここで農業に就いてもいいのではとの思いもありましたが、私が長男ということもあって、地元の広島県内で農業をやりたいと思い、候補地を探しました。
そこで浮かび上がったのが世羅町だったのです。役場の方に農地と住居を探してもらうなか、思い切って世羅町への移住を決意。
2013年8月に役場近くのアパートに転居してから、本格的に農地を探すことになりました。
4カ月後に下津田地区の空き家を借りて住み、2016年には3000坪の耕作放棄地が付いた築40年の空き家を購入。地元の方々に手伝ってもらいながら開墾して畑に戻し、翌年には野菜の栽培を始めました。今は周辺の農地も借りています。田原市の農業法人で学んだキャベツとブロッコリーは春と秋の二期作で行っています。
高品質の「東ブランド」で
安定した販路を確保
東祐樹さん:育てた野菜は多くの方から品質を評価していただき、福山市に本社を置いてスーパーマーケットを店舗展開している会社に「東ブランド」として卸しています。農場まで集配に来てもらえ、すぐに売り場に並ぶので、新鮮なうちに食べてもらえるのがうれしいですね。そのほか、三次市のスーパーマーケットや産直市でも喜ばれています。
田原市の農業法人で学んだ農法は、世羅町では誰もやっていないものでしたが、成果を上げていくにつれて新たに取り組む若手の農業人さんも増えました。
田舎はよそ者を嫌うというイメージがありましたが、皆さんウエルカムで円滑な付き合いをさせていただいています。自治会の役員を務めたり、消防団に入ったり、お祭りの世話役になったりと、地域に溶け込むことが受け入れてもらう近道ではないでしょうか。
世羅町は農業に適した気候であり、耕作放棄地を借りてキャベツなどが作れる土壌に改良する仕組みが整っています。現に農地を借りてほしいと持ち主から直接言ってこられるケースもあります。この辺りは葉たばこの産地でしたから、荒れ果てたまま眠っている畑もたくさんあるのです。田んぼの場合、耕作する土が浅くて下方に水が溜まるようになっているので、水を逃がすような土壌に改良しなければいけません。一方、畑は作物が腐らないように水が溜まりにくくなっています。ですから、もともと畑だった土地は、整地すれば復活しやすいという利点があります。
キャベツやブロッコリーの栽培では水はけの良い土壌が求められるので、畑として使われていた農地が適しています。ブロッコリーは、キャベツに比べて安定して高値で売れるのがメリット。こちらでは隙間なく植える密植栽培を行っているので、雑草が生える余地がないことから草取りの手間が省けるうえ、収量も増えるので一石二鳥ですね。大変なのは収穫です。花蕾が開かないうちに一斉に収穫するので、多忙をきわめます。
作付け面積は、キャベツとブロッコリーを合わせて2・5ヘクタール。将来のことを考えると、雇用も視野に入れた体制にしていく時期にきていると感じています。何より、若手の農業者をこの地域にもっと呼び込みたいという思いが強くあります。
この下津田地区は世羅町の中でも高齢化が進んでいて、高齢化率は50%を超えています。これからこの町で育っていく子どもたちのためにも皆で地域を元気にしたいんです。周りの先輩たちの協力も得ながら、農業が未経験の人もやる気さえあればチャレンジしやすい地域だと思います。
キャベツとブロッコリー以外に取り組んでいるのが、ハウス栽培によるサラダ春菊です。高値で売れるうえ、収穫の回転が速いので収益性に長けています。以前からビニールハウスではキャベツとブロッコリーの苗を作っていて、サラダ春菊はそれらの収穫作業が空いた時期の10月から2月中旬にかけて3~5回転させています。今のところ、収穫した野菜は県内および全国展開の大型量販店の産直コーナーを通じて多くの消費者に喜ばれているので、作り甲斐があります。
クチコミで広がり、いろんな所から声がかかるのは世羅町というブランドがあるからだと感じています。おかげさまで販売ルートは確保できているので、作付け面積をさらに増やしていくのが当面の目標です。そしていつか、夢だった「自家栽培の野菜を使った料理店」を開きたいですね。
(1)収穫したばかりの新鮮なキャベツとブロッコリー (2)「気候を肌で体感できるって、心地いいね」と祐樹さん。多美子さんは「料理を作る人より、まずは野菜を作る人に。やらんとね」。二人は、田舎暮らしの楽しさと農業への意気込みを語り合う (3)冬場の仕事として始めたサラダ春菊。苗はミネラルなど栄養分が豊富な土で育てられる。春菊よりも小ぶりで柔らかく、生でも食べられると好評。収益アップにつながっている(4)就農者の住まい探しをサポートする世羅町の「地域おこし協力隊」隊員の佐々木まなみさん(右)が、東さんの畑を見学 (5)粒が密集していて茎が太く、濃い緑色をしているのが、上質のブロッコリーの証
東さん夫婦の一日
- 05:00
- 起床、朝食
- 06:00
- 祐樹さん ブロッコリーの収穫
ブロッコリーは午前中の収穫が鉄則なので、朝早起きして畑へ向かい1株1株ていねいに収穫します。 - 12:00
- 昼 食
- 12:30
- 多美子さん ブロッコリーの袋詰め
まだ汰雨ちゃんの世話に追われ、畑での作業ができないことから、もっぱら袋詰め作業を行います。 - 12:30~
- 夕方(暗くなるまで)
祐樹さん キャベツの収穫と
集配への対応
午後からはキャベツの収穫。収穫したキャベツは軽トラックに積み込み、自宅へ。すぐさま集配の準備を行います。
DATA
東祐樹さん・多美子さん
- [お問い合わせ]
- 世羅町役場 産業振興課
- 広島県世羅郡世羅町西上原123-1
- TEL:0847-22-5304
生産者が工夫を凝らし、思いを込めて育てた野菜や果物、畜産物。
瀬戸内の豊かな自然環境と、恵まれた気候条件が生み出す、
“備後の宝”を紹介する。
栄養素を多く含んだ皮ごと
食べてほしいですね。
農林水産省の平成26年産・特産果樹生産動態等調査によると、広島県産レモンは日本の総生産量の62%、6,260トンと国内生産量No.1を誇る。その産地として知られる尾道市瀬戸田町のレモン農家では、温暖な気候の下、太陽の光をいっぱい浴びた栄養たっぷりのレモンを栽培している。その一人、長畠耕一さんは「防カビ剤を使用していない尾道産レモンをもっと多くの方に食べてもらいたいです。果肉よりも栄養素をたくさん含む皮ごとね」と農薬を使用しないレモンの栽培に取り組んでいる。力を入れているのは害虫対策。ハウス内で鶏を自由に歩き回らせて、根に害を及ぼすヨトウムシを食べさせることで駆除したり、枝に吊るした粘着テープで捕まえたりと工夫している。
生産者はコチラ
長畠 耕一さん
万能調味料 塩レモンレシピ考案:新苗美緒
穏やかな瀬戸内海を望む南部(福山市・三原市・尾道市・笠岡市)と、背後に雄大な中国山地がそびえる中・北部(府中市・世羅町・神石高原町・井原市)の6市2町からなる備後圏域。都市と農村が調和したものづくり産業の中心地として、中国地方の交通・物流の拠点となっている。
地域の結びつき、人と人とのふれあい、水と緑の豊かな自然環境。古き良き日本の原風景を今も残す備後圏域の魅力を写真とともに紹介する。